旅先の歴史を知ると、見える景色は大きく変わる【松尾寺:琴平町】
歴史の勉強が苦手だった。
『本地垂迹説』、『明治維新』、『廃仏毀釈』…。
なかなか頭に入ってこない、漢字ばかりの単語。
「今後の自分の生活には関係無いだろうな」と思いつつ、受験のためにただ丸暗記をしていた。
その知識は受験の終わりを境に少しずつ頭から抜けていき、案の定、三十路を迎えた今も「生活に大いに役立った!」という実感は無い。
けれど、「歴史を知っていれば、もっと旅を楽しめたのに」と後悔した経験は、ある。
それは約10年前、学生の頃にした世界一周の旅でのことだ。
世界中から人が訪れる、有名な歴史的建造物や美術品を見てまわった。
けれど、「これが有名な○○か〜」「テレビで見たやつだ!」と興奮はするものの、それで終わり。
その歴史や背景の知識が乏しいために、「有名なものを見た」という満足感しか味わえないことが多々あった。
ミラノの大聖堂は誰が何の目的で建て、その裏にはどんなストーリーがあったのか?
ヴェネツィアはなぜ水の都となったのか?
サグラダ・ファミリアは、なぜここまで長い期間、未完成のままなのか?
あの時それらを知っていれば、旅の景色はまた大きく変わっていただろう。
もっと高い解像度でいろんなものを見られて、もっとたくさんのことを感じて、吸収できたはずなのだ。
自分の不勉強を呪ったこの旅以降、どこかへ旅をするときは、その土地の歴史についてできるだけ知るべきだと思うようになった。
そしてここ、琴平町にも、訪れるならぜひ知っておくべき歴史がある。
この記事の目次
『こんぴらさん』の由来を持つお寺『象頭山 松尾寺』
琴平町にある神社『金刀比羅宮』もまた、世界中から多くの人が訪れる有名なスポットだ。
しかし、なぜ「こんぴらさん 」と呼ばれているのか?
その由来を知った上で訪れている人は、どれくらいいるだろう。
その歴史を紐解くヒントが、とあるお寺にある。
それが、今回紹介する『象頭山 松尾寺』だ。
金刀比羅宮の参道からすぐ近く、しかし人通りは決して多くはない静かな場所に、このお寺はある。
その看板に書かれているのは「金毘羅大権現を祀る寺」。
『こんぴらだいごんげん』。
そして、丸の中に「金」の文字。
賑やかな金刀比羅宮とは打って変わってひっそりと存在しているが、このお寺があの「こんぴらさん」と無関係なはずがない。
そう思ってこのお寺を訪れたところ、ご住職から直接お話を伺えた。
神社ではなくお寺だった『こんぴらさん』
ご住職によれば、いま多くの人が参拝に行っている『こんぴらさん(金刀比羅宮)』は、今でこそ “神社” だが、その昔は真言宗の “お寺” だったそうだ。
そしてそこで祀られていたのが『金毘羅大権現』。
現在の松尾寺も、そのお堂の1つ「普門院」として、山の上にあった。
『金毘羅』はサンスクリット語で『クンビーラ(クンピーラ)』と言い、仏教のお経にも名前が出てくるインドの神様のこと。
江戸時代には讃岐のこんぴらさん として、当時も全国から多くの人がお参りに来ていたという。
しかし明治維新後、仏(仏教)ではなく神さま(神道)中心の国家にしていくための動きが広まった。
多くの寺や仏像、仏具が焼き払われたり、壊されたりする『廃仏毀釈』だ。
これにより、このお寺に大きな変化が訪れる。
・お寺(松尾寺金光院)が、神社(金刀比羅宮)へと変わった
・祀られるのは「金毘羅大権現」ではなく「大物主神」へと変わった
しかし、他のお堂が廃寺となる中、普門院は「1000年以上続いたこのお寺を残したい」ということで、もともと山の上にあったこのお堂を、今の場所へ下ろしてきたのだという。
そして仏式で ” こんぴらさん ” をお祀りしているお寺『松尾寺』となり、今日に至っているということだ。
琴平に来るときは、『金刀比羅宮のこんぴらさん』と『松尾寺のこんぴらさん』にぜひお参りしてほしいと思う。
おわりに
きっと、多くの人が金刀比羅宮への参拝だけして、この町を去ってしまっている。
けれど、『こんぴらさん』と深い関わりがある『松尾寺』のことを知れば、きっとこちらも訪れたくなるはずだ。
旅先の歴史を知っているのといないのとでは、その旅で見る景色は大きく変わる。
その土地の歴史に思いを馳せながら、より多角的な視点で物事を見られ、濃密な旅を楽しめるようになる。
それは事前に勉強してから行くのでもいいし、僕がご住職に直接お話を伺ったように、現地で学ぶのも楽しい。
生活していて「歴史の勉強が大いに役立った!」と実感できる機会がなかなか無い中で、豊かな旅のために自ら歴史を学ぼうとする姿勢が大事だと思うのだ。
さあ、あなたが次に旅する場所には、どんな歴史が眠っているだろうか。
補足 『こんぴらさん』の歴史にはいくつか説が存在し、「昔は〝琴平神社〟だった」という説もあります。今回はご住職から聞いたお話を中心に紹介しました。ご自分で調べられる際、いろんな説の違いを比較してみるのもおもしろいと思います。
参考:
・金毘羅大権現松尾寺略縁起
・金毘羅庶民信仰資料集